使徒  8章16節
8:16 というのは、聖霊1まだ彼らのうちのだれにも下っておらず、彼らは3主イエスの御名の2中へとバプテスマされただけであったからである。
8章16節 フットノート2

「御名の中に」ではなく、「御名の中へと」。名はパースンを意味します。主イエスの御名の中へとバプテスマされるとは、主のパースンの中へとバプテスマされることであり、十字架につけられ、復活し、昇天したキリストと同一化され、生ける主との有機的結合へと入れられることです。第2章38節(2:38)のノート3とマタイ第28章19節(マタイ28:19)のノート4を参照。
 マタイによる福音書第28章19節(マタイ28:19)で、主は信者たちを父と子と聖霊の名の中へとバプテスマするよう、弟子たちに命じられました。しかし後ほど、実際には、ここと第19章5節(19:5)で、信者たちは主イエスの御名の中へとバプテスマされ、そしてローマ人への手紙第6章3節(ローマ6:3)とガラテヤ人への手紙第3章27節(ガラテヤ3:27)では、キリストの中へとバプテスマされました。これは、次のことを示しています。(1) 主イエスの御名の中へとバプテスマされることは、父と子と聖霊の名の中へとバプテスマされることに等しい。なぜなら、主イエスは三一の神、神ご自身の化身であるからです(コロサイ2:9)。(2) 三一の神の御名の中へと、あるいは主イエスの御名の中へとバプテスマされることは、キリストのパースンの中へとバプテスマされることに等しい。


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