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出典

フットノート

啓示録 1:18 注1 諸召会の間を歩き、諸召会のかしらであり、召会が属しているこのキリストこそ、生きておられる方です。ですから、彼のからだの表現としての諸召会も生きていて、新鮮で、強くあるべきです。
啓示録 1:18 注2 人の堕落と罪のゆえに、死が入って来ました。そして死は今も地上で働いて、すべての罪人をハデスに集めています。ですから、死は集める者であり、ハデスは看守です。しかし、死とハデスのかぎは、わたしたちの救い主、死んで復活した方の手にあります。
啓示録 1:20 注1 ヨハネがキリストの右手にある七つの星と、七つの金の燭台の間におられるキリストを見た時、それは彼には奥義でした。彼は七つの天の星と七つの金の燭台の意義を、認識しませんでした。ですから、主は彼にその奥義を開いて見せ、「七つの星は七つの召会の使者たちであり、七つの燭台は七つの召会である」と言われました。この意義は、ヨハネにとって奥義であっただけでなく、今日の信者たちにとっても奥義です。すべての信者は、この奥義が開かれて、諸召会と召会の使者たちを見る必要があります。
 七つの金の燭台で象徴される諸召会は、神聖な性質においてイエスの証しであり(2,9節)、地方的に、しかも団体的に暗い夜に輝いています。諸召会は神聖な性質、すなわち金であるべきです。それらは油(命を与える霊としてのキリスト)を入れて明かりをともし、暗黒の中で各自に、また団体的に輝いている台、すなわち燭台であるべきです。彼らは地方的には個々の燭台であり、しかも同時に、宇宙的には燭台の一団、集合体です。彼らは地方で輝くだけでなく、各地方と宇宙の両方で、同じ証しを宇宙的に担っています。彼らは同じ性質で同じ形体です。彼らは同一の目的のために同一の明かりをともし、相互に同一視され、何の個々の差異もありません。第2章と第3章で記録された七つの召会の差違は、すべて否定的な性質のものであって、積極的な性質のものではありません。否定的には、それぞれの失敗の中で、彼らは互いに異なっており、分離しています。しかし積極的には、その性質、形体、目的において、彼らは絶対に同一であり、相互につながり合っています。
 信者たちが宇宙召会を見ることは容易ですが、諸召会を見ることは困難です。地方召会の啓示は、召会に関する主の究極的啓示です。それは、この神聖な御言の最後の書で与えられます。召会を十分に知るには、信者たちは福音書から、書簡を通り、啓示録まで、主に従って行かなければなりません。ついに、ここで啓示されているような地方召会を見ることができるのです。啓示録での最初のビジョンは諸召会に関してです。キリストを彼らの唯一の中心とする召会は、神の永遠の目的を達成するための、神聖な行政の焦点です。
 使者たちは、諸召会の霊的な人たち、イエスの証しのために責任を担っている人たちです。彼らは星のように天的性質の者であり、天的立場にあるべきです。使徒行伝と書簡で、長老たちは地方召会を運営する指導者でした(使徒14:2320:17テトス1:5)。長老職は幾らか公式のものですが、本書が書かれた当時、召会の中の職務は、召会の堕落のゆえに低下していました。本書で主は、霊の実際に戻るようにと、わたしたちの注意を呼び起こされます。ですから本書は、長老よりも召会の使者たちを強調します。長老たちの役目は容易にわかります。しかし信者たちは、正当な召会生活のために、使者たちが霊的で天的な実際を備える必要があることを見るべきです。彼らは召会の堕落の暗黒の中で、イエスの証しとなるのです。本書の最初のビジョン、諸召会に関するビジョンの中で、キリストと諸召会の使者たちは、かつてないほど、また最も特別な方法で、諸召会について開かれています。このために、信者たちは彼らの霊の中で、特別なビジョンを見る必要があります。
啓示録 1:20 注2 「御使いたち」と同じギリシャ語。一節(1節)と同じ言葉。
啓示録 2:1 注2 ギリシャ語で、七つの都市の名は意義に満ちており、それぞれの都市の名は、その召会の霊的状態と正確に一致しています。ギリシャ語で「エペソ」は、「好ましい」を意味します。これは、初代の召会がその終わりにあっても、やはり主にとって好ましいものであったことを象徴します。主はなおも、召会に多くの期待を持っておられました。
啓示録 2:1 注1 第2章と第3章の七つの書簡は、これらが書かれた当時の七つの召会に、実際にあった状態の記録です。しかし、この書は予言的性質を持つしるしの書ですから、七つの召会の状態もしるしです。これは、七つの時期における召会の進展を、予言的に象徴しています。エペソに在る召会への最初の書簡は、第一世紀の終わりごろ、第一段階の召会の終わりの絵を与えています。スミルナに在る召会への第二の書簡は、第一世紀の終わりから第四世紀の初め、ローマ帝国の迫害下にあった苦難の召会を予表しており、その第四世紀の初めにはローマ帝国の皇帝、コンスタンチン大帝が、召会を皇帝の保護の下にもたらしました。ペルガモに在る召会への第三の書簡は、コンスタンチン大帝がキリスト教を受け入れた時から、第六世紀の後期に法王制が確立した時までの世俗的な召会、この世と結婚した召会を、あらかじめ象徴しています。テアテラに在る召会への書簡は、第六世紀の後期に法王制が制定されてから、キリストが再来されるこの時代の終わり、すなわちキリストの再来までの背教の召会を、予言的に描いています。サルデスに在る召会への第五の書簡は、プロテスタントを予表し、第十六世紀の初期の宗教改革から、キリストの再来までです。ヒラデルヒヤに在る召会への第六の書簡は、兄弟愛の召会、正当な召会生活の回復を予表しています。これは、第十九世紀の初期に兄弟たちが英国で興されてから、すべての宗派と分裂の組織の外側で召会生活を実行し、主が再び現れるまでです。ラオデキヤに在る召会への第七の書簡は、第十九世紀における兄弟たちの堕落した召会生活の徴候を示し、第十九世紀の後期から再来にまで至ります。
啓示録 2:1 注3 これらの七つの書簡のそれぞれの初めで、主はご自身がどのような方であるのか、その書簡に啓示されている召会の状態に応じて、わたしたちに告げておられます。
啓示録 2:1 注4 召会の使者、霊的な人たち、輝く星で象徴され、イエスの証しを担う者たちは、主の右手に握られています。そして主は、七つの金の燭台で象徴される諸召会の間を歩いておられます。何とすばらしい光景でしょう!主はわたしたちの大祭司として神の右に座し、わたしたち諸召会のためにとりなしておられます(ヘブル7:25)。もう一方で、彼は諸召会の使者たちを握り、諸召会の間を歩きながら顧みておられます。
啓示録 2:1 注4 召会の使者、霊的な人たち、輝く星で象徴され、イエスの証しを担う者たちは、主の右手に握られています。そして主は、七つの金の燭台で象徴される諸召会の間を歩いておられます。何とすばらしい光景でしょう!主はわたしたちの大祭司として神の右に座し、わたしたち諸召会のためにとりなしておられます(ヘブル7:25)。もう一方で、彼は諸召会の使者たちを握り、諸召会の間を歩きながら顧みておられます。
啓示録 2:4 注1 「初め」というギリシャ語は、ルカによる福音書第15章25節(ルカ15:25)で「最上の」と訳された言葉と同じです。主に対するわたしたちの初めの愛は、彼に対する最上の愛でなければなりません。
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