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出典

フットノート

啓示録 3:3 注1 盗人は、気づかれない時に宝物を盗みに来ます。改革のプロテスタントは死んでいるので、主が追い求める者たちにひそかに現れ、盗人のように来られることに気づきません。ですから、注意深さが必要です。
啓示録 3:4 注1 衣は、聖書ではわたしたちの歩みと生活において、どうであるかを象徴しています。衣を汚すとは、特に死でそれらを汚すことを意味します。死は神の御前では、罪よりも汚れています(レビ11:24―25民6:6―7,9)。
啓示録 3:4 注2 白は純潔だけでなく、良しとされることを象徴します。ここの白い衣は死によって汚されず、主によって良しとされる歩みと生活を象徴します。それは、主と共に歩むための資格、特に来たるべき王国での資格です。
啓示録 3:5 注1 ここの勝利を得るとは、プロテスタントの死んだ状態に勝利を得ること、すなわち、死んだプロテスタントの教義に勝利を得ることを意味します。
啓示録 3:5 注2 ここの約束のように、白い衣を着せられるというのは、千年王国における勝利者たちにとって、賞となることです。この時代に彼らが歩んでいたことが、来たるべき時代における彼らの賞となります。すべてのクリスチャンには二枚の衣が必要です。まず救いのための義の衣です。この義の衣はキリストを象徴します。すなわち、わたしたちの客観的な義として、わたしたちが受け入れたキリストです(ルカ15:22Iコリント1:30)。第二は、わたしたちを受け入れて良しとする衣です。これもキリストを象徴しますが、わたしたちの主観的な義として生かし出すキリストです(ピリピ1:213:9)。ここに述べられた白い衣は第二の衣であり、それはわたしたちが褒賞を受け、王国に入り、主と共に歩く、すなわち主と共に支配するために必要なものです(IIテモテ2:11―12)。第19章8節(19:8)のノート2を参照。
啓示録 3:5 注4 文字どおりには、巻物。
啓示録 3:5 注3 この節全体は、勝利者たちに対する主の約束です。それは、彼が再来された後、千年王国で成就されます。その名が命の書から消されるというのは、その名がすでに命の書に書かれていたことを示します。命の書は、神が備えておられた祝福にあずかる者たちの名の、神聖な記録です。神に選ばれ、これらの祝福にあずかるようあらかじめ定められたすべての聖徒の名が、この書に書かれています(ルカ10:20)。これらの祝福は、(1) 召会、(2) 千年王国、(3) 永遠の三つの段階にあります。召会の段階の祝福は、赦し、贖い、再生、永遠の命、神聖な性質などで、これは初期の部分です。その名が命の書に書かれている神の選ばれた者たちはみな、これらの初期の部分の分け前を持って、彼らの霊的生活を始めます。彼らが神の供給する恵みと協力するなら、召会時代に命を成熟させるでしょう。そしてこの命における早期の成熟は、主が戻って来られる時に、主が彼らに与えられる賞を構成するでしょう。その賞は千年王国に入ることであり、その段階における神聖な祝福にあずかることです。例えば、主の喜びと安息(マタイ25:21,23ヘブル4:9―11)、諸国民を支配することなど(2:26―2720:4,6)、それは、神が選んだ者たちを、召会時代に主と共に前進させるための励ましとして用意されたものです。しかしながら、彼の選ばれた者たちの多くは、神の赦し、贖い、永遠の命、神聖な性質などを受けた後、神の恵みに協力して彼と共に前進しようとしません。そのために、彼らは召会時代に命において成熟することができません。こうして彼らは、主の再来の時に千年王国に入り、賞としてその時代の神聖な祝福にあずかる用意ができていません。ですから、千年王国の期間、彼らの名は命の書から消されるのです。千年王国の期間中、彼らは主の訓練を受けて命が成長し、成熟に達した上で、永遠の段階における神聖な祝福にあずかります。例えば、神の永遠の臨在を伴った永遠の祭司職、永遠の王職(22:3―5)、新エルサレム、命の木(22:14)、命の水(22:17)などにあずかります。その時には、彼らの名は命の書に再び書かれるはずです。これは神に選ばれ、その名が命の書に書かれ、召会の段階で神聖な祝福にあずかったすべての人は「決して永遠に滅びない」(ヨハネ10:28)、すなわち、彼らは決して永遠の神聖な祝福を失うことはないことを意味します。しかし、召会時代に主と協力しない人たちは、千年王国の間、経綸上の主の懲らしめを受け、その段階での神聖な祝福にあずかり損ないます。
啓示録 3:5 注5 王国時代に、主は勝利者の名を言い表されます。なぜなら、勝利者の名は命の書から消されることがなく、依然として書かれているからです。これは、信者たちが勝利者でなかったなら、王国時代に彼らの名が命の書から消され(参照,5節のノート3)、それゆえに主によって名を言い表されることはありません。
啓示録 3:7 注1 ギリシャ語は「兄弟愛」を意味します。しるしとして、ヒラデルヒヤに在る召会は、十九世紀の初期、主が英国で興された兄弟たちによって回復された、正当な召会生活を予表しています。それは、サルデスに在る召会で予表された改革の召会が、テアテラに在る召会で予表された背教のカトリックに対する反動であったように、兄弟愛の召会は、死んだ改革の召会への反動です。この反動は、背教のカトリック主義と堕落したプロテスタント主義の両方への反対証言として、主の再来まで続くでしょう。
啓示録 3:7 注2 兄弟愛の召会にとって、主は聖なる者、真実なる者であり、この方によって、またこの方をもって、回復の召会は、この世から聖別されて聖く、神に真実で忠信であることができます。
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