宮は神の証しのためですが、御座は神の裁きのためです。「宮の中から、その御座から」とは、神の裁きが神の証しから出て来ること、そして神の証しのためであることを示しています。最後の鉢が傾けられて、大患難の終わりになると、すべての消極的な事柄は完全に消え去り、花嫁が現れます(19:7―9)。