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出典

フットノート

マタイ 25:15 注1 タラントは最大の重量単位で、六千デナリに等しいです(参照,ヨハネ6:7のノート1)。処女のたとえにおける油は神の霊を象徴しますが(3―4節)、このたとえにおけるタラントは霊の賜物を象徴します(ローマ12:6Iコリント12:4Iペテロ4:10IIテモテ1:6)。命のために、わたしたちは油、神の霊、彼の充満をさえ必要とします。それは、わたしたちが主の証しのために、処女の命を生きることができるためです。奉仕、働きのためには、タラント、霊の賜物を必要とします。それは、わたしたちが良い奴隷として装備されて、主の働きを達成するためです。命におけるその霊の充満は、わたしたちが奉仕(働き)において霊の賜物を用いるためです。奉仕における霊の賜物は、命におけるその霊の充満と釣り合っています。それは、わたしたちが完全なキリストの肢体となるためです。
マタイ 25:15 注2 「それぞれの能力」は、わたしたちの天然の能力を象徴します。それは、神の創造とわたしたちの学びによって構成されます。
マタイ 25:16 注1 「それ(タラント)で商売をし」とは、主がわたしたちに与えた賜物を用いることを象徴します。
マタイ 25:16 注2 「ほかに五タラントをもうけた」とは、わたしたちが主から受けた賜物が、損失や浪費がなく、最高に用いられたことを象徴します。
マタイ 25:18 注1 このたとえでの主要な強調点は、一タラントの者、最も少ない賜物の人にあります。最も少ない賜物の人は、いとも容易に自分の賜物を誤用し、無視します。
マタイ 25:18 注2 地はこの世を象徴します。ですから、「地を掘」るとは、この世に入り込むことを象徴します。この世とのどんな交際も、どんな関係も、少しばかりの世的な会話でさえも、わたしたちが主から受けた賜物を埋めてしまうでしょう。
マタイ 25:18 注3 「主人の銀貨を隠した」とは、主の賜物を無駄にし、ある地的な弁解を口実として、それを役立たせないでおくことを象徴します。主の賜物を用いないどのような弁解も、それを隠すことです。これは常に一タラントの者、自分の賜物を最も小さいと考える者が陥りやすい危険です。
マタイ 25:19 注1 「長い期間」は、召会時代全体を象徴します。
マタイ 25:19 注2 「帰って来て」は、主の到来(パルーシア)における空中への降臨(Iテサロニケ4:16)を象徴します。タラントを地に隠した後、その悪い奴隷は平穏無事であると思ったでしょう。主人が帰って来て清算をするとは、全く知りませんでした。
マタイ 25:19 注3 「清算をした」は、空中における(主のパルーシアの中での)裁きの座での主の裁き(IIコリント5:10ローマ14:10)を象徴します。そこで信者たちの生活、行動、働きは、裁かれて、褒賞か懲罰かになります(Iコリント4:5マタイ16:27啓22:12Iコリント3:13―15)。ヘブル第10章35節(ヘブル10:35)のノート1を参照。
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