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出典

フットノート

ルカ 3:22 注1 第1章35節(1:35)でのイエスの聖霊による受胎は本質的であり、イエスの神聖な存在、神聖なパースンと関係がありました。イエスの受胎における聖霊の神聖な要素の本質は不変であり、離れることのできないものでした。しかし、ここでイエスの上に下った聖霊は、エコノミー的であり、イエスの務め、働きと関係がありました。イエスの務めのための聖霊の力は(4:14,18マタイ12:28)、その必要に応じて彼から離れることもあります。彼が十字架上で、罪人のために罪を担って死のうとしておられた時、神がイエスを見捨てて離れたのは、このエコノミー的なことでした(マタイ27:46)。ここで、聖霊が力の中で彼の上に下りましたが、彼はすでに彼の誕生から、本質において聖霊を持っておられました。聖霊が力の中で彼の上に下っていた間、彼は本質において聖霊と共におられました。
ルカ 3:23 注1 神の奉仕のために必要な年齢(民4:3,35,39―40,43―44,47―48)。
ルカ 3:23 注2 文字どおりには、律法によれば。
ルカ 3:23 注4 マタイ第1章16節(マタイ1:16)のノート1とノート2を参照。
ルカ 3:23 注3 マタイ第1章1節(マタイ1:1)のノート1を参照。ヨハネの福音書、神―救い主の福音書の記録は、神から始まって人に至り(ヨハネ1:1,14)、キリストの神性を強調して、彼の神性と人性の身分を証明します。ルカの福音書、人―救い主の福音書の系図は、人から始まって神へとさかのぼり(23,38節)、キリストの人性を強調して、彼の人性と神性の身分を確認します。彼は神を人にもたらすために、人として生まれました。それは、贖いを成就して、人を神にもたらすためです。キリストの中で、神と人は結合されます。
ルカ 3:27 注1 マタイ第1章12節(マタイ1:12)のノート2を参照。
ルカ 3:31 注1 マタイ第1章6節(マタイ1:6)のノート3、第二段落と第三段落を参照。
ルカ 3:38 注1 マタイ第1章1節(マタイ1:1)のノート1の第四段落を参照。
ルカ 3:38 注3 イエスから(23節)さかのぼって神まで、七十七世代あります。それは、神の創造、人の堕落、神の約束、人の救いの歴史を見せています。神から、人は創造されました(38節創1:26―272:7)。アダムの中で、人は堕落しました(38節.創第3章)。アブラハムを通して、人は神の約束を受けました(34節創12:1―3)。イエスにおいて、人は救われます(23節2:10―11)。
ルカ 3:38 注2 これは、アダムが神から生まれ、神の命を持っていたことを意味するのではありません。それは、「ヨセフの子」が、イエスはヨセフから生まれたという意味ではなく、むしろ、ヨセフの子であると思われていたことを意味するのと同じです(23節)。アダムは神によって創造され(創5:1―2)、神が彼の源でした。これに基づいて、彼は神の子であると見なされました。それは、異邦の詩人たちが、すべての人類は神の子孫であると見なしたのと同じです(使徒17:28)。人類は神によって創造されただけであり、神によって再生されたわけではありません。ですから、人類が神の子と見なされることと、キリストを信じる者たちが神の子たちであることとは、絶対的に、また本質的に異なっています。彼らは神から生まれ、再生され、神の命と性質を持っています(ヨハネ1:12―133:16IIペテロ1:4)。
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