出典 |
フットノート |
ルカ 15:12 注2 |
「彼の身代」は、父親の暮らしていくための手段、生計、資産を言います(30節)。「身代」のギリシャ語は、「生活」、すなわち第8章14節(8:14)にあるように、現在の生活の状態を意味します。そして派生的に、こことマルコによる福音書第12章44節(マルコ12:44)でのように、生計を意味します。 |
ルカ 15:13 注1 |
サタン的なこの世を象徴しています。 |
ルカ 15:13 注2 |
文字どおりには、浪費だらけの。堕落した、金遣いの荒い生活を示しています。 |
ルカ 15:15 注1 |
豚は汚れています(レビ11:7)。豚を飼うのは汚れた職業であり、サタン的なこの世での汚れた仕事を象徴します。 |
ルカ 15:16 注1 |
いなご豆の木は常緑樹です。そのさやはいなご豆と呼ばれ、動物の飼料や貧困の人の糧として用いられました。興味深いラビのことわざがこう言っています、「イスラエル人は、落ちぶれていなご豆を食べるようになれば悔い改める」。言い伝えによれば、バプテスマのヨハネは、荒野でいなご豆を食べていました。ですからそれは、「聖ヨハネのパン」と呼ばれています。 |
ルカ 15:17 注1 |
これは、彼の内側のその霊の照らしと捜し求めること(8節)に基づいていました。 |
ルカ 15:18 注1 |
これは8節(8節)の、その霊が捜し求めたことの結果です。 |
ルカ 15:18 注2 |
ここの主のたとえは、罪人が罪を犯すのは、天に対して、また天におられる父なる神の御前に罪を犯すのであることを、示しています。 |
ルカ 15:19 注1 |
放蕩息子は父の愛を知りませんでした。 |
ルカ 15:19 注2 |
堕落した罪人は、いったん悔い改めると、神の愛を得ようとして、常に神のために働くことや、神に仕えることを考えます。彼らは、この考えが神の愛と恵みに逆らうものであり、神の心と意図に対する侮辱であることを知りません。 |