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出典

フットノート

ヨハネ 5:6 注1 このしるしは、ユダヤ宗教における律法順守の実行が、人の無力のゆえに不能になった時(ローマ8:3)、神の御子が来て、死人を生かされたことを象徴します(25節)。律法は、命を与えることができませんでしたが(ガラテヤ3:21)、神の御子は、死人に命を与えられます(21節)。「わたしたちがまだ弱かったころ」(ローマ5:6)、彼は来て、わたしたちを生かしてくださいました。
ヨハネ 5:7 注1 あるいは、主よ。
ヨハネ 5:7 注2 律法を守る宗教には、いやす手段がありました。ところが無力な人には、益になりませんでした。なぜなら彼には、律法の要求を満たす力がなかったからです。宗教的に律法を順守することは、人の努力、人の行ない、人の外側の装いにかかっています。人は無力ですから、宗教の律法順守は役に立ちません。聖なる都、聖なる宮、祭り、安息日、御使いたち、モーセ、聖書は、すべてこの宗教の良いものです。しかしそれらは、この無力な人のために、何もすることができませんでした。主の目には、彼は死人であって(25節)、いやしだけでなく、生かされることが必要でした。主の生かすことには、何の要求もありません。その無力な人は、彼の声を聞くと、生かされました(25節)。
ヨハネ 5:8 注1 小さいふとん、あるいは寝床。9(9節)、10(10節)、11(11節)、12節(12節)も同じ。
ヨハネ 5:9 注1 24節から25節(24―25節)によれば、これは死から命に移って、生きることです。第2章で設定された原則によれば、これは死を命に変えることです。
ヨハネ 5:9 注2 以前には、床がその無力な人を運びました。しかし今、その生かされた人はその床を運びました。
ヨハネ 5:10 注1 命の生かしは宗教の儀式を打ち破りました。宗教は命によって腹立たしくなり、この時点から、命に対して反対を始めます(1618節)。
 安息日は人のためであり(マルコ2:27)、人にとって安息であるべきです。宗教の律法順守は、三十八年間病気であった人に安息をもたらしませんでした。しかし命の生かしは、それをもたらしたのです。しかし宗教的な人たちは、彼らの安息日順守の儀式だけを顧慮し、その病人の安息には何の関心も持ちませんでした。
ヨハネ 5:14 注1 これは、この人のそれまでの病気が罪のゆえであったことを示します。
ヨハネ 5:16 注1 幾つかの写本は、殺そうと思った、を省いています。
ヨハネ 5:17 注1 神の創造の働きは終わりました(創2:1―3)が、御父と御子はなおも、贖いと建造のために働いておられました。
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