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出典

フットノート

ヨハネ 10:28 注1 永遠の命(参照、3:15のノート1)は、信者たちの生活のためです。御父が彼の愛の中で、彼の目的にしたがって行なわれた選びの手と(17:236:38―39)、御子が彼の恵みによって、御父の目的の成就のために行なわれた救いの手(1:146:37)、この両方の手に守る力があり、信者たちを保護します。永遠の命は、決して尽きることはなく、御子と御父の手は、決して失敗することはありません。ですから信者は、永遠に堅固であり、決して滅びることはありません。
ヨハネ 10:29 注1 28節(28節)のノート1を参照。
ヨハネ 10:30 注1 主はここで彼の神性、すなわち、彼が神であることを断言されました(33節5:181:120:28Iヨハネ5:20ピリピ2:6)。
ヨハネ 10:36 注1 第1章6節(1:6)のノート1を参照。
ヨハネ 10:40 注1 この時点で、主は宮を去って、バプテスマのヨハネが主について新約の証しをしたその所へ行かれました。これは、彼がユダヤ教を放棄して、新しい立場に来られたことを意味します。その所で多くの人が、彼の中へと信じました。
ヨハネ 11:1 注1 主はユダヤ教を離れて、彼がさらに前進することのできる場所、ベタニヤに来られました。ベタニヤは、召会の初期の縮図です。
ヨハネ 11:8 注1 第3章から第10章でのこれまでの八つの事例で、命を阻害し、命に抵抗するおもなものは、宗教でした。今や、宗教の外で、新しい立場の上で、命は死人を復活させようとしておられます。ここで命は、もはや宗教とその儀式に直面するのではなく、多くの人の意見によって妨げられます。すなわち、弟子たちの意見(8―16節)、マルタの意見(21―28節)、マリヤの意見(32―33節)、ユダヤ人の意見(36―38節)、そして再びマルタの意見です(39―40節)。意見は知識から来ており、知識の木に属します。しかし主はここで、実際に人が享受する命の木です。
ヨハネ 11:12 注1 文字どおりには、救われる。
ヨハネ 11:14 注1 主の救いにあって、彼は単に病人をいやすだけでなく、死人に命を与えられます。ですから彼は、その病人が死んでしまうまで、二日間とどまられました(6節)。主は人を改善したり、規正したりするのではなく、人を再生し、死から復活させられます。第3章から第11章の九つの事例で、最初は再生であり、最後は復活です。これは、わたしたちの命であるキリストのあらゆる面が、他の七つの事例に啓示されているように、再生と復活の原則にあることを啓示します。この最後の事例こそ、真に死を命に変えることです。
ヨハネ 11:16 注1 すなわち、双子。
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