出典 |
フットノート |
マタイ 8:22 注1 |
最初の「死人」は、エペソ人への手紙第2章1節と5節に述べられたような、霊的に死んでいる人のことを言います。二番目の「死人」は、その弟子の肉体的に死んだ父親のことを言っています。 |
マタイ 8:22 注1 |
最初の「死人」は、エペソ人への手紙第2章1節と5節に述べられたような、霊的に死んでいる人のことを言います。二番目の「死人」は、その弟子の肉体的に死んだ父親のことを言っています。 |
マタイ 8:24 注1 |
文字どおりには、震動、あるいは激動。 |
マタイ 8:26 注1 |
信仰は、主の言葉から来て、主の言葉によります(ローマ10:17)。主は18節で彼らに、向こう岸へ行くようにという言葉を与えられました。もし彼らがその言葉を信じていたなら、25節で行なったように祈る必要はなかったでしょう。主の言葉についての彼らの認識は、完全ではありませんでした。ですから、彼らの信仰は小さかったのです。 |
マタイ 8:26 注2 |
叱責は、命のない物にではなく、人格のあるものに与えられます。王が風と海をしかりつけられたのは、風の中にサタンの堕落した天使どもがおり(エペソ6:12)、海には悪鬼どもがいたからです(32節)。空中の堕落した天使どもと水中の悪鬼どもが協力して、王が海の対岸に行くのを阻止しようとしました。なぜなら、彼らは王がその地で悪鬼どもを追い出すことを知っていたからです(28―32節)。 |
マタイ 8:26 注3 |
「大」は、この節の前の部分にある「小さい」と対照的です。 |
マタイ 8:27 注1 |
実際上、王の権威に従ったのは風と海ではなく、風の上の堕落した天使どもと海の下の悪鬼どもです。 |
マタイ 8:29 注2 |
王はご自身を人の子と呼ばれました(20節)。しかし悪鬼どもは彼を神の子と呼び、彼を人の子の立場から引き離そうと誘惑しました(参照、4:3のノート2)。 |
マタイ 8:29 注1 |
文字どおりには、わたしたちに、またあなたに何ですか?(ヘブル語の慣用句)。 |
マタイ 8:29 注3 |
「まだその時でもないのに」とは、神が悪鬼どもの苦しめられる時を定められたこと、そして悪鬼どもはその時を知っていたことを暗示しています。それは千年期の後、永遠にわたってあるでしょう(参照、啓20:13のノート1)。 |