出典 |
フットノート |
ローマ 8:18 注1 |
すなわち、計算した後、考える。 |
ローマ 8:19 注1 |
文字どおりには、首を伸ばし、完全に集中する期待。 |
ローマ 8:19 注2 |
以前に覆われ、隠されていたものが、明らかにされ、出現することです。わたしたちは,神の子たちであるとしても、覆われており、まだ出現していません。主が再臨される時、わたしたちは栄光化され、体は完全に贖われて、おおいは取り除かれます。被造物はこのことを熱心に待ち望んでいます。この出現は、今わたしたちが経ている、子たる身分に定められる手順の完成となります(参照,1:4のノート1)。 |
ローマ 8:21 注1 |
現在、被造物は腐敗と腐朽の法則の下で、奴隷とされています。それらの望みはただ、神の子たちが出現する時に、朽ち果てる奴隷状態から解放されて、神の子供たちの栄光の自由に入ることです。 |
ローマ 8:23 注1 |
その霊の初穂とは、初穂としてのその霊ご自身です。三一の神は、わたしたちの享受です。彼はわたしたちのすべてです。わたしたちの体が贖われる時、この祝福の収穫があるでしょう。それは全き享受です。今日その霊は、来たるべき収穫の初穂、神の全き享受の前味わいです。 |
ローマ 8:23 注2 |
わたしたちは初穂としての神聖な霊を、わたしたちの霊の中に持っていますが、わたしたちの体は、まだ神聖な命で浸透されていません。わたしたちの体はまだ肉であり、旧創造につながっています。それはまだ罪と死の体であり、神の事柄には無能です。ですから、わたしたちは被造物と共にうめき(19,22節)、栄光の日を熱心に待ち望んでいるのです。その時、わたしたちは全き子たる身分、体の贖い、変貌を獲得し、朽ち果てる奴隷状態から解放されるでしょう。 |
ローマ 8:23 注3 |
この子たる身分は、わたしたちの霊の再生に始まり、魂の造り変えに続き、体の贖いで完成します。 |
ローマ 8:26 注1 |
「同じように」は、この節で述べられているその霊の助けの前に、その霊の別の助けがすでにあったことを示しています。それは、23節(23節)で述べられた、初穂としてのその霊によって与えられた助けに違いありません。これは、23節(23節)とこの節が、わたしたちのうめきについて語っている事実によって確証されます。 |
ローマ 8:26 注2 |
この弱さは、わたしたちがどのように祈ったらよいのか、わからないことです。わたしたちは、神が願っておられる祈りが何であるか、わかりません。そして、神の御子のかたちに同形化されるために、わたしたちが感じる負担にしたがって、どのように祈ったらよいのかも、はっきりしていません。ですから、わたしたちはうめくのです(23節)。わたしたちのうめきと共に、その霊もうめき、わたしたちのためにとりなしてくださいます。彼のとりなしは、おもに命の造り変えにおいて、わたしたちが成長して子たる身分の成熟へと至り、神の御子のかたちに、完全に同形化するためです。 |
ローマ 8:27 注1 |
これは、わたしたちから独立したその霊の思いではなく、わたしたちの思いと混ざり合ったその霊の思いであって(6節)、わたしたちの心の一部分ともなりました。その霊は、わたしたちの霊と混ざり合っただけではなく、彼の思いとわたしたちの思いを混ぜ合わされました。 |