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出典

フットノート

ローマ 12:1 注2 あるいは、請い求めます。
ローマ 12:1 注5 第6章では、戦いと奉仕のために、わたしたちの体の肢体は、義の武器としてささげられます(6:13)。しかしこの章では、召会生活のために、わたしたちの体は、生きた供え物としてささげられるべきです。この供え物は、復活を通して命を持っていますから、生きています。それは旧約の供え物のように、殺されたものとは違います。この供え物はまた聖です。なぜなら、それは地位的に、キリストの血によって、この世からも、すべての俗的な人、事、物からも、神へと聖別されているからです。さらに性質的にも、天然の命と旧創造は、神を満足させるために、神の命と神の聖なる性質を伴った聖霊によって聖別され、造り変えられているのです。ですから、この供え物は神に喜ばれるものです。
ギリシャ語では、ここの「体」は複数形で、「供え物」は単数形です。これは、多くの体がささげられても、供え物はただ一つであることを示しています。すなわち、わたしたちは大勢ですが、キリストのからだの中での奉仕は、多くの個人的な、単独の、分離した奉仕であってはならないことを意味します。わたしたちのすべての奉仕は、一つの全体的な奉仕を構成すべきです。そしてこの奉仕は、唯一無二であるに違いありません。なぜならそれは、キリストの一つからだの奉仕であるからです。
ローマ 12:1 注4 召会生活、キリストのからだの生活が実現するためには、わたしたちの全存在が必要です。ですからこの章は、わたしたちの体(1節)、魂(2節)、霊(11節)について語るのです。わたしたちの体は、キリストのからだのために、神にささげられなければなりません。
ローマ 12:1 注6 あるいは、理性的な、論理的な、合理的な、最高の理知と調和した。
ローマ 12:1 注7 礼拝する中で神に仕えること(参照,1:9のノート1)。この章の前に、使徒以外の信者たちについては、そのような奉仕は述べられていません。これは、信者たちの奉仕が、これまでの章で記述された、命の成長の結果であることを示しています。それはさらに、この奉仕が、からだ、召会においてでなければならないことを示しています。これは、出エジプト記、レビ記の予表と一致します。そこでは、神に対する祭司の奉仕が、集会の天幕が建てられてはじめて確立されたことを見せています。
ローマ 12:2 注1 これは、この世から神へと分離されたわたしたちが、またもやこの時代と同じかたちを持つほど、この世に同化されてはならないことを意味します。すなわち、主なる霊が、神の本質をもって、わたしたちの中で、主の栄光のかたちに同形化する造り変えを(IIコリント3:18)、顧みないことがあってはならないのです。その造り変えを、その霊は、神聖な命と神聖な性質を通して、わたしたちの中で動き、働くことによって遂行されます。
ローマ 12:2 注2 「この時代」は、この世の現在の、実際的な部分を意味します(参照,ガラテヤ1:4のノート2)。わたしたちはその部分に触れ、その中で生きています。この世、サタンの邪悪な体系は(参照,エペソ2:2のノート1)、神以外のすべての人、事、物の構成です。それは世俗的な事柄と同時に、宗教も含んでいます。ガラテヤ人への手紙第6章14節(ガラテヤ6:14)で述べているこの世は、パウロの時代の宗教世界です。このサタン的な世は、多くの時代から成っており、それぞれの時代にはそれ自身の形態、特徴、様式、流行、潮流があります。わたしたちは、自分の前に現れている現在の時代を捨てないで、この世を捨てることはできません。
ローマ 12:2 注1 これは、この世から神へと分離されたわたしたちが、またもやこの時代と同じかたちを持つほど、この世に同化されてはならないことを意味します。すなわち、主なる霊が、神の本質をもって、わたしたちの中で、主の栄光のかたちに同形化する造り変えを(IIコリント3:18)、顧みないことがあってはならないのです。その造り変えを、その霊は、神聖な命と神聖な性質を通して、わたしたちの中で動き、働くことによって遂行されます。
ローマ 12:2 注4 わたしたちは体をささげた後、思いが新しくされる必要があります。思いが新しくされることは、魂の造り変えの基礎であって、思いを霊に付けた(8:6)結果です。わたしたちの思いは、魂の主要な部分です。この思いが新しくされると、意志と感情も、それに続いて自然に新しくされます。新しくされるとは、新しい要素がわたしたちの中に造り込まれることです。すると、内側に新陳代謝的変化が生じ、わたしたちをキリストのからだの建造、すなわち召会生活の実行にふさわしいものとするのです。第12章から第16章のあらゆる美徳と勝利も、この造り変えの結果です。
ローマ 12:2 注3 造り変えは、内側の新陳代謝的過程です。神はこの過程の中で、彼の神聖な命と性質を造り込んで、わたしたちの全存在、特に魂に広げられます。そしてキリストと彼の豊富を、わたしたちの新しい要素として、わたしたちの各部分にもたらし、わたしたちの古い天然の要素を、徐々に排除されます。その結果、わたしたちは彼のかたちへと造り変えられていきます(IIコリント3:18)。すなわち、多くの兄弟たちとして、神の長子のかたちに同形化されます(8:29)。こうして、わたしたちは彼のからだの建造にふさわしいものとなるのです。
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