出典 |
フットノート |
1コリ 2:4 注1 |
知恵の説得力のある言葉は、人の思いから出てきます。その霊の実証は、わたしたちの霊から出てきます。使徒の言葉と宣べ伝えは、彼の思いから推測の言葉をもって出たのではなく、その霊の解放と展覧をもって、彼の霊から出たものでした。ですから、それには力がありました。 |
1コリ 2:5 注2 |
人の知恵は初歩的な哲学であり、神の力はすべてを含むキリストです(1:24)。 |
1コリ 2:5 注1 |
文字どおりには、ある。 |
1コリ 2:6 注1 |
すなわち、滅ぼされる(1:28と同じ言葉)。 |
1コリ 2:7 注1 |
神の知恵はキリストです(1:24)。彼は隠されていた奥義であり(コロサイ1:26―27)、わたしたちの栄光のために、もろもろの時代の前にあらかじめ定められ、あらかじめ選ばれ、あらかじめ運命づけられていました。 |
1コリ 2:7 注3 |
栄光の主であるキリスト(8節)。キリストは今日わたしたちの命であり(コロサイ3:4)、将来はわたしたちの栄光です(コロサイ1:27)。神はわたしたちをこの栄光に召し(Iペテロ5:10)、この栄光の中にもたらされます(ヘブル2:10)。これが神の救いの目標です。 |
1コリ 2:7 注2 |
すなわち、永遠において。 |
1コリ 2:9 注1 |
目が見ることのできる範囲は狭いです。耳が聞くことのできる範囲はそれよりも広いです。心が理解することのできる範囲には限界がありません。神は彼の知恵の中で(すなわち、キリストの中で)、わたしたちのために、深く隠された多くの事柄を定め、備えてくださいました。例えば、義認、聖別、栄光化などです。これらすべてを、人の目は見たこともなく、人の耳は聞いたこともなく、人の心は理解したこともありません。 |
1コリ 2:9 注2 |
文字どおりには、の上に。 |
1コリ 2:9 注3 |
神がわたしたちのために定め、備えられた深く隠された事柄を認識し、それにあずかるために、わたしたちは彼を信じるだけでなく、彼を愛することが必要です。神を畏れ、神を礼拝し、神を信じる(すなわち神を受け入れる)ことだけでは不十分です。彼を愛することが、不可欠の条件です。神を愛するとは、わたしたちの全存在―霊、魂、体を、心、魂、思い、力と共に(マルコ12:30)―完全に彼の上に置くことです。これは、わたしたちの全存在を彼に占有していただき、わたしたちが彼の中で失われることです。その結果、彼がわたしたちのすべてとなられ、わたしたちは日常生活の中で、実際的に彼と一になります。このようにして、わたしたちは神と最も近く、最も親密な交わりを持ちます。そして、わたしたちは神のみこころの中に入って、心の秘密をすべて理解することができます(詩73:25.25:14)。こうして、神のこれらの深く隠された事柄を認識し、経験し、享受し、十分にあずかるのです。 |