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出典

フットノート

エペソ 3:19 注2 キリストがわたしたちの心の中に彼のホームを造られる時、そしてわたしたちが力に満たされて、すべての聖徒と共にキリストの大きさを把握し、経験によって知識を超越した彼の愛を知る時、わたしたちは満たされて神の全豊満へと至るでしょう。この全豊満は召会であり、神の団体の表現であって、それは彼のみこころを成就するためです。
 「神の全豊満」は、神であるすべての豊富が、彼の表現となったことを暗示します。神の豊富が神ご自身の中にある時、それは神の豊富です。しかし神の豊富が表現される時、それは彼の豊満となります(ヨハネ1:16)。神の全豊満は、キリストの中に住んでいます(コロサイ1:192:9)。キリストは彼の内住を通して、神の豊満をわたしたちの中に分け与え、わたしたちを満たして神の豊満にまで至らせ、召会の実行的な現れとされます。それは、神が召会の中で、彼の表現である栄光を受けられるためです(21節)。
エペソ 3:20 注1 16節から19節(16―19節)は、使徒の祈りです。「どうか」という言葉は、20節から21節(20―21節)を栄光の賛美とします。使徒はその祈りの中で、父が彼の栄光の豊富にしたがって、聖徒たちを増強してくださるようにと祈りました。これは、神の栄光が、聖徒たちの中に造り込まれることを暗示します。彼はその栄光の賛美の中で、「神に栄光がありますように」と言いました(21節)。これは、聖徒たちの中へと造り込まれた神の栄光が、神に戻っていくことを示します。まず、神の栄光が、わたしたちの中に造り込まれます。次にそれは、神に栄光を帰するために彼に戻ります。イサクの財宝は、まずリベカに与えられて、彼女を美しくしました。次にその財宝はすべて、リベカと共にイサクに戻って、彼の栄光化となりました(創24:47,53,61―67)。使徒は、神が彼の栄光にしたがって聖徒たちを増強してくださるように、「どうか」神の栄光が結局、彼らの中へと造り込まれた後、増強された聖徒たちと共に彼へと戻るように、と祈りました。これは、神が召会の中で栄光を受けられる道です。
エペソ 3:20 注3 第1章19節から20節(1:19―20)で述べられた内なる力は、神の創造する力ではなく、神の復活の力です。神の創造する力は、わたしたちの周囲にある物質を生み出します(ローマ8:28)が、神の復活の力は、わたしたちの内側で、召会のために、霊的な事柄を成し遂げます。
エペソ 3:20 注2 厳密に言って、ここの「求め、また思う」は、物質の事柄に対してではなく、召会に関係のある霊的な事柄に対してです。これらの霊的な事柄について、わたしたちは求めると同時に、思う必要もあります。わたしたちは求める以上に、思うことができます。神は、わたしたちが召会のために求めることだけでなく、召会について思うことも、成就してくださいます。そして神は、わたしたちの中で活動するその力にしたがって、わたしたちが召会のために求め、また思うすべてを、はるかに超えて豊かに行なうことができます。
エペソ 3:21 注2 神の栄光は、召会の中に造り込まれ、神は召会の中で表現されます。ですから、召会の中で神に栄光があります。すなわち、神は召会の中で栄光を受けられます。
エペソ 3:21 注3 神が栄光を受けられるのは、召会の中でだけではなく、キリストの中ででもあります。ですから、「また」という言葉がここで使われて、この点を強調して示しています。
エペソ 3:21 注4 召会の中では、神が栄光を受けられることの領域は狭く、信仰の家族に限られています。ところがキリストの中では、その領域ははるかに広いです。なぜならキリストは、天と地にあるすべての家族のかしらであるからです(1:223:15)。ですから、神がキリストの中で栄光を受けられるのは、神が創造されたすべての家族の領域内でのことで、地上だけでなく天においてもです。これは続く言葉、「すべての世代に至るまで、永遠にわたって」、すなわち、永遠にという言葉と一致します。
エペソ 3:21 注1 第1章6節(1:6)のノート2を参照。わたしたちは神の栄光の豊富にしたがって、内なる人の中へと増強されます(16節)。この栄光は、神と共にわたしたちに来て、わたしたちへと造り込まれた後、わたしたちと共に神に戻るでしょう。この往来によって、召会は宇宙における初穂として(ヤコブ1:18)、神に栄光を帰すことでリードを取ります。他のすべての家族は、天にあるものも地にあるものも、召会に続いて、神に栄光を帰すでしょう。
エペソ 3:21 注5 「すべての世代に至るまで、永遠にわたって」は、永遠を構成します。神が召会の中で栄光を受けられることは、おもにこの時代においてですが、神がキリストの中で栄光を受けられることは、永遠にわたってです。
エペソ 4:1 注2 第3章1節(3:1)のノート2を参照。第3章1節(3:1)でパウロは、自分を「キリスト・イエスの囚人」と言っていますが、ここでは「主の中の囚人」と言います。主の中の囚人であることは、主の囚人であることよりもさらに深いです。パウロはそのような囚人として、神の召しにふさわしく歩く者たちの模範です。
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