出典 |
フットノート |
コロ 3:16 注6 |
文字どおりには、あなたがた自身。 |
コロ 3:16 注5 |
「教え、戒め」と「歌い」は、動詞「住まわせ」を修飾します。これは、主の言葉をわたしたちの内に豊かに住まわせる道が、教え、戒め、歌うことによることを示しています。 |
コロ 3:16 注8 |
ヨハネ第1章14節(ヨハネ1:14)のノート6と17節(ヨハネ1:17)のノート1を参照。 |
コロ 3:16 注5 |
「教え、戒め」と「歌い」は、動詞「住まわせ」を修飾します。これは、主の言葉をわたしたちの内に豊かに住まわせる道が、教え、戒め、歌うことによることを示しています。 |
コロ 3:17 注1 |
名はそのパースンを示します。主のパースンは、その霊です(IIコリント3:17前半)。主の名の中で行なうとは、その霊の中で行動することです。これが、キリストを生きることです。 |
コロ 3:18 注1 |
この節から第4章1節(4:1)までの箇所は、エペソ人への手紙(5:22―6:9)の姉妹節であり、信者たちの倫理関係についてです。エペソ人への手紙での強調点は正常な召会生活でのキリストのからだの表現のために、霊に満たされた倫理関係を持つことに置かれています。コロサイ人への手紙での強調点は、かしらとしてのキリストにしっかりと付くべきであり、また、わたしたちの中に彼の豊富な言葉を住まわせることによって、彼をわたしたちの命とすることにあります。それはわたしたちの生まれながらの命からではなく、わたしたちの命であるキリストから出てくる最高の倫理関係が、彼の表現のために実現されることです。 この箇所のそれぞれの点については、エペソ人への手紙の該当するノートを参照。 |
コロ 3:23 注1 |
文字どおりには、魂。 |
コロ 3:24 注1 |
この点は、エペソ人への手紙第6章8節(エペソ6:8)では、ここほど明らかにされていません。ここの嗣業は、信者たちが受け継ぐものです(ローマ8:17.使徒26:18.Iペテロ1:4)。「報賞として、嗣業」は、信者たちが主に仕えることで忠信になるようにと、主が彼らに与えようとしている嗣業を、励ましとして用いられることを示します。不忠実な者は、必ずこの報賞を得損なうでしょう(マタイ24:45―51.25:20―29)。 |
コロ 3:24 注2 |
文字どおりには、奴隷として仕える。 |
コロ 4:2 注1 |
すなわち、耐え忍んで、根気よく、熱心に続ける。 |