出典 |
フットノート |
2テモ 1:10 注3 |
神の永遠の命。この命は、キリストにあるすべての信者に与えられており(Iテモテ1:16)、わたしたちに与えられた神聖な恵みの主要な要素です(ローマ5:17,21)。この命は、すでに死を征服しており(使徒2:24)、また将来、死を飲み尽くします(IIコリント5:4)。そのような命の約束にしたがって、パウロは使徒となったのです(1節)。この命とその結果である不朽は、福音の宣べ伝えを通して現し出され、人に見えるようにされました。 |
2テモ 1:10 注4 |
命は、わたしたちの霊の中へ分与された神聖な要素、神ご自身でさえあります。不朽は、わたしたちの体にこの命が浸透した結果です(ローマ8:11)。 この命と不朽は、諸召会の間の衰退によってもたらされる死と腐敗に対抗することができます。 |
2テモ 1:11 注1 |
これは神の恵みと永遠の命の福音であり、使徒ヨハネが恵みと命の中で提示した福音と一致しています(ヨハネ1:4,16―17)。このような福音のために、パウロは宣べ伝える者、使徒、教える者として任命されました。 |
2テモ 1:11 注2 |
宣べ伝える者は、福音を宣べ伝え、宣言します。使徒は、神の行政のために諸召会を設立し、確立します。教える者は、諸召会とそのすべての聖徒に指示を与えます。Iテモテ第2章7節(Iテモテ2:7)のノート1を参照。 |
2テモ 1:12 注1 |
使徒は、ある理由で苦難を受けました。その理由は最高水準のもので、それは命と恵みの福音の喜ばしいおとずれを宣言し、諸召会を確立し、聖徒たちを指導することでした。このような理由でパウロが苦難を受けたことは、衰退する諸召会の悪化に直面しているテモテにとって、励ましと力づけとなったに違いありません。 |
2テモ 1:12 注2 |
ですから、テモテも恥とすべきではありませんでした(8節)。 |
2テモ 1:12 注3 |
使徒は物や事を信じたのではなく、生けるパースン、生ける神の御子キリスト、神聖な恵みと永遠の命の化身である方を信じました。この方の中の永遠の命は強力です。それには、キリストのために苦難を受ける者をどこまでも支え、また、来たるべき栄光の嗣業のために保護する十分な力があります。キリストの中の恵みは、遣わされた者が務めの行程を果たし、栄光の中の褒賞へと至るために必要であるすべてを、有り余るほどに備えます(4:7―8)。ですからキリストは、使徒が託したものを、再来の日まで守ることができるのです。そのような保証は、弱くなり悲しんでいたテモテにとって、奨励と力づけであったに違いありません。 |
2テモ 1:12 注4 |
あるいは、わたしが「彼(キリスト)に」ゆだねたもの。使徒は自分の全存在を、自分の栄光ある将来と共に、主にゆだねました。主は彼の命と恵みを通して、使徒がゆだねたものを、主の二度目の出現の日のために、守ることができる方です。 |
2テモ 1:12 注5 |
キリストの二度目の出現の日。 |
2テモ 1:13 注2 |
Iテモテ第6章3節(Iテモテ6:3)のノート2を参照。 |