出典 |
フットノート |
ヘブル 2:1 注1 |
この書では、すべての主要な点に警告が伴っています。本書全体には、五つのこのような警告があります。キリストが御使いたちにまさっているという第1章4節から第2章18節(1:4、2:18)で述べられた最初の主要な点に沿って、1節から4節(1―4節)に最初の警告があります。 |
ヘブル 2:1 注2 |
あるいは、それらによって漂い去らせる。 |
ヘブル 2:3 注2 |
ここの救いは、第1章14節(1:14)で述べられていることを指しています。それは神の全き救いであって、罪の赦しから、栄光を伴う来たるべき王国にあずかることまでです。それは、キリストがわたしたちのために成し終えたこと、また成そうとしておられることだけでなく、わたしたちを極みまでも救うことができる彼ご自身のことも言っています(7:25)。彼は、神の子として―神として、また人の子として―人として、わたしたちの「救い」です。彼のすばらしいパースン、それに加えて彼の輝かしい働きは、こんなに偉大な救い、わたしたちのだれもがなおざりにすべきでない救いです。もしそれをなおざりにするのでしたら、こんなに偉大な救いの二つの部分を失います。(1) 最も尊い部分―この時代に救う命、安息としてキリストを享受すること、(2) 最も栄光なる部分―来たるべき時代にキリストの王国と栄光を相続すること。これら二つの要点は、本書の続く章で十分に発展し、取り扱われています。 |
ヘブル 2:3 注1 |
原則的に、ここで逃れるとは、2節(2節)で述べられているような、ある報いを逃れることです。もしわたしたちがこんなに偉大な救いをなおざりにするのでしたら、ある報いを受けるのは正しく、妥当です。 |
ヘブル 2:4 注1 |
聖霊の分配とは、聖霊ご自身を含んでおり、信じることによって救いを受ける人々に聖霊が分け与える事柄です。 |
ヘブル 2:5 注1 |
文字どおりには、人の住む地。すなわち、次の時代に主の王国となる地(詩2:8.ダニエル2:35.啓11:15)。 |
ヘブル 2:6 注1 |
創世記第1章で神に創造された最初の人アダムは、神が人に対して定められた目的を果たすことで失敗しました。次に詩篇第8篇は預言の方法で、神の目的を成就するために最初の人に置き換わる別の人のことを言っています。この章は、この別の人、第二の人、すなわちイエスが来て、多くのことを達成し、人に対する神の願いを成就されたことを告げています。それは、創世記第1章26(創1:26)、28節(創1:28)で啓示され、詩篇第8篇4節から8節(詩8:4―8)でそれとなく言われたことです。ですから、最初の人アダムが失敗したことは何であれ、第二の人キリストが、最初の人に置き換わることによって成功しました。 この章は、神の目的を成就する人、キリストの主要な段階について預言された詩篇第8篇と第22篇の成就です。受肉において、彼は人の性質にあずかられました(14節)。 十字架において、彼はあらゆるもののために死を味わい(9節)、そして悪魔を滅ぼされました(14節)。復活において、彼は神の多くの子たち、彼の兄弟たちを生み出し、召会を形成されました(10―12節)。高く上げられることにおいて、彼は栄光と誉れの冠を与えられました。これらすべての段階は、彼がわたしたちの大祭司となるための資格づけです(17節)。 |
ヘブル 2:7 注1 |
あるいは、しばらくの間、劣った。9節(9節)も同じです。 |
ヘブル 2:9 注1 |
永遠において、キリストは創造主であり、無限でどこにでもおられましたが、時間の中で人となった時、制限を受け、ある日、十字架に行って、宇宙的な問題―死を対処されました。キリストは死んで、死を滅ぼし廃棄するために人となり、彼の自由を一時的に、三十三年半の間、失わなければなりませんでした。その意味で、彼はその期間、御使いたちに劣りました。しかしながら、彼は死の三日後、その劣ることから復活されました。そして今や、彼はすべての御使いよりもはるかに超越しておられます。 |
ヘブル 2:9 注2 |
栄光は、イエスのパースンについての輝きです。誉れは、イエスの価値、評価、彼の地位に関する威厳(IIペテロ1:17.参照、Iペテロ2:17.ローマ13:7)についての尊さです。ペテロの第一の手紙第2章7節(Iペテロ2:7)の「尊いもの」と、ここの「誉れ」は、ギリシャ語では同じ言葉です。 |