出典 |
フットノート |
マタイ 19:3 注2 |
文字どおりには、解放する。続く節も同じ。 |
マタイ 19:4 注1 |
ここから6節(4―6節)の終わりで、主の言葉は、神が人を創造されたことを認めるだけでなく、人の結婚に対する神の定め、すなわち、一人の男と一人の女が結ばれてくびきを共にし、一体となり、人は引き離してはならないことを、確認しています。 |
マタイ 19:5 注1 |
文字どおりには、一つ肉体。 |
マタイ 19:7 注1 |
この戒めは、基本的な律法の一部分ではなく、律法の補足でした。それは、初めから神の定めにしたがったものではなく、人の心のかたくなさのために暫時、モーセによって与えられたものです。 |
マタイ 19:8 注1 |
モーセによって与えられた離婚に関する戒めは、結婚に関する神の本来の定めから逸脱しています。しかし天の王としてのキリストは、天の王国のため、結婚を初めに回復されました。これは、天の王国が、初めからの神の定めと一致していて、離婚も許されないことを示します。 |
マタイ 19:9 注1 |
文字どおりには、売春。これは姦淫よりも悪いです。ここの主の言葉は、淫行以外に、結婚の結び付きを破壊するものは何もないことを、はっきりと示しています。(もちろん、死は自然にそれを破壊します)。淫行以外に、離婚のためのどんな口実もありません。 |
マタイ 19:9 注2 |
ここからこの節の終わりまでの言葉は、幾つかの古代の権威ある写本にはありません。 |
マタイ 19:10 注1 |
この時点で、弟子たちは、神の定めによれば、結婚は最も厳格なきずなであることを認識しました。ひとたび人が結婚したなら、彼は完全に縛られ、相手側に淫行(もしくは死)がある以外は解かれる道はありません。そのような認識は、弟子たちに、結婚しないほうがましだと思わせました。しかし、それは彼らにできることではありません。 |
マタイ 19:11 注1 |
すべての人ではなく、神にその賜物を与えられた人だけが、結婚を差し控えることができます。神の賜物がないのに、結婚しないでおこうとする者は、誘惑に遭うでしょう。 |
マタイ 19:11 注2 |
文字どおりには、収納する。 |