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出典

フットノート

1ヨハ 3:22 注1 罪定めする心の良心のとがめは、わたしたちの祈りに対する障害物です。平穏な心にある、とがめのない良心は、神に対するわたしたちの嘆願を強め、障害物を取り除きます。
1ヨハ 3:22 注2 これは、自分の努力や力によってモーセの律法の戒めを守ることではありません。それは、信者の中に住む神聖な命が生かし出されて、彼らの生活の一部となることです。そしてそれは、神聖な命の力の内なる活動を通して、主の新約の戒めを習慣的に守ることによります。主の戒めを守ることは、神が見て喜ばれることを実行し、習慣的に行なうことを伴います。これは、神がわたしたちの祈りに答えてくださる先決条件となり、主の中に住む生活の条件を構成します(24節)。
1ヨハ 3:22 注3 文字どおりには、実行している。第1章6節(1:6)のノート5を参照。
1ヨハ 3:23 注1 これは、その前後の節にある戒めの要約です。すべての戒めは二つに要約されます。一つは神の御子イエス・キリストの御名を信じること、もう一つは互いに愛し合うことです。第一は信仰に関してであり、第二は愛に関してです。信仰を持つことは、わたしたちと主との関係の中で神聖な命を受けることです。愛することは、わたしたちと兄弟たちとの関係の中で神聖な命を生きることです。信仰は神聖な命の源に触れます。愛は神聖な命の本質を表現します。両方とも、信者たちが主の中に住む生活を生きるために必要です。
1ヨハ 3:24 注1 この節は、この区分の結論です。この区分は第2章28節(2:28)に始まり、前の区分で明らかにされたように(2:20―27)、神聖な油塗りの教えにしたがって主の中に住むことについてです。この区分は、主の中に住むことが、神聖な種としての(15,9節.2:29のノート7)、神の永遠の命による神の子供たちの生活であることを啓示し、その永遠の命は、彼らを生んだ神の義(2:293:7,10)と彼らを生んだ父の愛(10―11,14―23節)を行なうことで、成長します。そのような住むこととその基礎―神聖な種としての神聖な誕生と神聖な命―は奥義的であり、しかもその霊の中では実際です。
1ヨハ 3:24 注2 わたしたちは主の中に住みます。すると彼がわたしたちの中に住まわれます。わたしたちが彼の中に住むことは、彼がわたしたちの中に住まわれることの条件です(ヨハネ15:4)。わたしたちは、わたしたちが彼の中に住むことによって、彼がわたしたちの中に住まわれることを享受します。
1ヨハ 3:24 注4 第2章20(2:20)、27節(2:27)の油塗りの中にその霊が暗示されてはいますが、これまで、この手紙で、その霊は言及されていませんでした。事実上、その霊、すなわち、すべてを含む調合された命を与える霊(ピリピ1:19のノート4)は、この手紙で啓示されたすべての奥義の決定的に重要な要因です。その奥義とは、神聖な命、神聖な命の交わり、神聖な油塗り、主の中に住むこと、神聖な誕生、神聖な種です。この霊によって、わたしたちは神から生まれ、神聖な命を内側に神聖な種として受け、神聖な命の交わりを持ち、三一の神で油塗られ、主の中に住むのです。このすばらしい霊は、新約の約束された祝福として(ガラテヤ3:14)、わたしたちに与えられます。すなわち、すべての上にあり、すべてを受け継ぎ、無限に増し加わるキリストによって、この霊は無限に与えられています(ヨハネ3:31―35)。この霊と永遠の命(15節)は、わたしたちが絶えず主の中に住む生活をする基本的要素です。ですから、わたしたちの霊と共にわたしたちが神の子供たちであることを証しし(ローマ8:16)、また万物の主がわたしたちの中に住んでおられるのを(4:13)知っていることを証しするのは、この霊によってです。わたしたちが主と一つ霊に結合されるのは(Iコリント6:17)、この霊を通してです。わたしたちが三一の神の豊富を享受するのは(IIコリント13:14)、この霊によってです。
1ヨハ 3:24 注3 文字どおりには、から。「・・・・その霊によって」という句は、「知るのです」を修飾します。
1ヨハ 4:1 注1 1節から6節(1―6節)は挿入句であって、もろもろの霊を識別するようにとの信者に対する警告です[なぜなら、その霊が前の節、第3章24節(3:24)で述べられており、わたしたちはその霊によって、主がわたしたちの中に住んでおられることを知るからです]。それは、信者が偽預言者を知ることができるためです。第2章18節から23節(2:18―23)でも、同じような警告が与えられました。「すべての霊」と「それらの霊」という表現は、真理の霊によって動機づけられた預言者の霊(Iコリント14:32)と、惑わしの霊によって動かされた偽預言者の霊のことを言っています。ですから、それらの霊を試すことによって、それが神からであるかどうかを識別する必要があります。
1ヨハ 4:1 注1 1節から6節(1―6節)は挿入句であって、もろもろの霊を識別するようにとの信者に対する警告です[なぜなら、その霊が前の節、第3章24節(3:24)で述べられており、わたしたちはその霊によって、主がわたしたちの中に住んでおられることを知るからです]。それは、信者が偽預言者を知ることができるためです。第2章18節から23節(2:18―23)でも、同じような警告が与えられました。「すべての霊」と「それらの霊」という表現は、真理の霊によって動機づけられた預言者の霊(Iコリント14:32)と、惑わしの霊によって動かされた偽預言者の霊のことを言っています。ですから、それらの霊を試すことによって、それが神からであるかどうかを識別する必要があります。
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