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出典

フットノート

1ヨハ 4:7 注2 第2章5節(2:5)のノート2を参照。
1ヨハ 4:7 注3 神から生まれており、神を知っている信者たちは、神の表現として神から出ている愛をもって、習慣的に互いに愛し合います。
1ヨハ 4:7 注4 使徒のここでの強調は、やはり神聖な誕生です。その神聖な誕生を通して、神聖な命が信者たちの中に分与され、神を知る命の能力を与えます。この神聖な誕生は、兄弟愛の基本的要因であり、この愛は、主の中に住む生活のさらに高い条件です。第2章29節(2:29)のノート7を参照。
1ヨハ 4:7 注5 神聖な誕生から受けた神聖な命(ヨハネ17:3)によって知る。
1ヨハ 4:8 注1 神を知っていない者は、神聖な誕生から受けた神聖な命を知る能力を持っていません。神から生まれておらず、神を命としていない者は、愛の神を知らず、愛の神をもって人を愛しません。
1ヨハ 4:8 注2 第2章5節(2:5)のノート2を参照。この手紙は、まず神は光であると言い(1:5)、次に神は愛であると言います。愛は神の本質の性質であり、恵みの源です。光は神の表現の性質であり、真理の源です。神聖な愛がわたしたちに現れると、それは恵みとなります。神聖な光がわたしたちを照らすと、それは真理となります(参照,1:6のノート6,最後の段落)。この二つは、ヨハネによる福音書の中で、このようにして現されました。その所で、わたしたちは、御子の現れを通して恵みと真理を受けました(ヨハネ1:14,16―17)。今やヨハネの手紙の中で、わたしたちは御子にあって御父に来て、恵みと真理の源に触れます。これらの源、愛と光は、父なる神ご自身です。それは、わたしたちが御子の中に住むことによって(2:5,27―283:6,24)、御子にある御父との神聖な命の交わりの中で(1:3―7)、さらに深い、さらに細やかな享受を得るためです。第1章5節(1:5)のノート3を参照。
1ヨハ 4:9 注2 テモテへの第一の手紙第1章15節(Iテモテ1:15)にあるように、堕落した人類がいる所を言っています。
1ヨハ 4:9 注3 わたしたち堕落した人は、性質と行動において罪があるだけでなく(ローマ7:17―181:28―32)、霊において死んでいます(エペソ2:1,5コロサイ2:13)。神が御子を世に遣わされたのは、わたしたちの罪のためになだめの供え物となって、わたしたちに赦しを得させるだけでなく(10節)、わたしたちの命となって、わたしたちが彼を通して生きるようになるためでもありました。神の愛の中で、神の御子は、彼の血によってわたしたちを罪から救うだけでなく(エペソ1:7啓1:5)、彼の命によって死からも救われます(3:14―15ヨハネ5:24)。彼はわたしたちの罪を取り除く神の小羊であるだけでなく(ヨハネ1:29)、わたしたちに永遠の命を与える神の御子でもあります(ヨハネ3:36)。彼がわたしたちの罪のために死なれたのは(Iコリント15:3)、わたしたちが彼の中で永遠の命を持ち(ヨハネ3:14―16)、彼を通して生きるためです(ヨハネ6:5714:19)。このことにおいて、神の本質である神の愛が現されました。
1ヨハ 4:9 注1 文字どおりには、わたしたちの中に。すなわち、わたしたちの事の上で、あるいは、わたしたちに関して。わたしたちが彼を通して生きるようにと、神が御子を世に遣わされたことにおいて、さらに高い、さらに高貴な神の愛が、わたしたちに現されました。
1ヨハ 4:10 注3 原文は、複数。
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