聖書セミナー2024年5月18日(土)開催
オンライン聖書―回復訳─注解検索結果オンライン聖書―回復訳─注解検索結果

[1ページ目] [前10ページ] [931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 ] [後10ページ] [最後のページ] 931/981ページ 計9804

出典

フットノート

啓示録 7:1 注2 ここの風は神の裁きのためです(ヨナ1:4イザヤ11:15エレミヤ22:2249:3651:1)。
啓示録 7:1 注3 第七の封印の開封は、七つのラッパをもたらします(8:1―2)。第一のラッパが吹き鳴らされると、地の三分の一と木の三分の一が焼かれます(8:7)。第二のラッパで、海の三分の一が滅ぼされます(8:8―9)。このすべての事が起こる前に、神は保護しようとするすべてのイスラエル人に印を押されます(3節)。
啓示録 7:2 注1 この御使いと、第8章3節(8:3)、第10章1節(10:1)、第18章1節(18:1)の方は、キリストです。旧約聖書では、キリストは「エホバの御使い」と呼ばれています。その御使いは神ご自身でした(創22:11―12出3:2―6士6:11―24ゼカリヤ1:11―122:8―113:1―7)。新約聖書のここで、彼は再び御使い(使者)と呼ばれています。「もう一人の御使い」という表現は、キリストが普通の御使いではなく、神に遣わされた特別の御使いであることを示しています。
啓示録 7:4 注1 これらは大患難の間、神の戒めを守るイスラエル人です(12:1714:12)。
啓示録 7:5 注1 ルベンはイスラエルの長子でした。しかし彼は罪深さのゆえに、長子の権を失いました。またユダは兄弟たちにまさっていました(歴代上5:1―2)。ですから、ここでユダの部族がまず挙げられているのです。
啓示録 7:6 注1 ヨセフ(8節)と、ヨセフの二人の息子の一人マナセ(創48:5)とは、二部族を代表するので、ヨセフは千年期の間、やはり長子の権の二倍の分を持っています(歴代上5:1―2エゼキエル48:4―5)。
 ここの記事では、歴代志上第2章から第9章にあるように、ダンの部族は偶像礼拝のゆえに省かれました(士18:30―31列王上12:29―30列王下10:29.参照,創49:17)。しかしながら、ダンは千年期の間、なおも数えられています(エゼキエル48:1)。それは、ダンが主の救いによってなおも部族の一つであるようにと、ヤコブが彼を祝福したからです(創49:16―18)。
啓示録 7:9 注1 大群衆は、すべての時代を通して、諸国民の贖われた者から成っています。これらは召会を構成している者たちです(5:9ローマ11:25使徒15:14,19)。
啓示録 7:9 注3 衣(複数)は、信者の行為上の義を象徴しています。白は、信者の行為が小羊の血で洗われて(14節)、純潔であり、神に良しとされていることを示します。
啓示録 7:9 注4 しゅろの枝は、聖徒たちが主のために受けてきた患難に対する彼らの勝利を象徴します(14節.参照,ヨハネ12:13)。しゅろの木も、水が注がれて満足したことのしるしです(出15:27)。しゅろの枝は、仮庵の祭りに用いられました。この祭りで、神の民はその享受の満足を喜びました(レビ23:40ネヘミヤ8:15)。仮庵の祭りは、神に贖われたこの大群衆が、永遠の仮庵の祭りを享受して成就されることの予表でした。この群衆は、神の宮にあるしゅろの木のように栄えるでしょう(詩92:12―13)。
啓示録 7:9 注2 「御座の前・・・・に立っていた」は、贖われた者の大群衆が天に、神の御前に携え上げられたに違いないことを示しています。「小羊の前に立っていた」は、「人の子の前に立つ」(ルカ21:36)ことと同じです。これは明らかに携え上げを示しています。これが第六の封印の開かれた直後に述べられているのは、信者たちの携え上げが、第六の封印の前に起こり始めることを示しています。9節から17節(9―17節)の記事は、信者の携え上げの時から、永遠における彼らの享受までの場面を、一般的にまとめています。
[1ページ目] [前10ページ] [931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 ] [後10ページ] [最後のページ] 931/981ページ 計9804

オンライン聖書―回復訳-注解検索結果